【子供が夢を持って叶えるために親がすること2】
子供が夢を持って叶えるために親がすること。
まだまだ続くよ。
前回は、勉強しなさいって言ってしまうけど、
夢があるから、その夢を叶えるために勉強をするってお話をしました。
どんどん、内容を掘り下げて行きます。
子供が夢を持って叶えるために親は見守るだけでいいの?
人生は質と量。
量で言ったら、「たくさんの経験をさせてあげる」ってことだね。
例えば、北海道に連れて行って雪を触らせる、とか、
沖縄に連れて行って青い海と空を見せてあげる。
世界一美味しいスイーツを食べさせてあげる。
大阪と明石のたこ焼きを食べさせてあげるっていうのもいい。
経験が夢を作るからね。
数で言ったらそう言うことなんだよね。
質で言ったら、
コーヒーだったら、自分が美味しい美味しいコーヒーを淹れてあげるとか。
ここで大事なのが、
「子供のために」
ってやらない、やり過ぎないことだね。
何でもかんでもっていうんじゃなくて、
「自分がやりたい」とか
「自分が楽しい」と思ったことだけ、
子供と共有すればいいんじゃないかな。
子供が夢を持って叶えるためには「欲求を育てる」
実際、子供が本当にやりたいと思ったら、
親にも協力を求めてきます。
親にやりたいって伝えるのも一つの行動です。
本当にやりたかったら、
やらせてもらえるように子供も条件を出してくる。
例えば、「学校にちゃんと行くから、グローブ買って」とか。
みんな、欲求を育てる前に、
強調させようとしたり勉強させようとしたりするから、嫌になる。
親はね、先に欲求を育ててあげないとね。
「あれがしたい、これがしたい」を育ててあげる。
そうすると、
自分の親は自分のやりたいことを叶えてくれる存在になるし、
応援してくれる人になるから、
やりたいと思ったことを口にするようになる。
そうやって小さいことをどんどんやって行くから、
大きいことも、どんどん手に入るようになるんだよね。
子供が夢を持って叶えるためには「親も勉強が必要」
親は子供の夢を叶えてやりたい。
だから親として、子供の欲求には付き合ってあげたいと思う。
現実問題、育っている時代も環境も違う。
私たち親世代は「我慢」が美徳だったり、
協調とか、時間を守るのが当たり前。
それが大事と言われ続けてきた。
現代と自分たちの子供時代の「常識」の「ギャップ」が
親にはストレスになるの可能性がある。
その場合、結局、親が勉強する必要がある。
僕もそういう世代だからもちろんわかる。
だけど、じゃあ、「何で我慢が美徳なの?」
ってことを自分で勉強したのかな?
我慢が大事っていうのは
我慢が大事だった理由があるわけなんだよね。
簡単にいえば、昔は
我慢しないと生きていけなかったわけだよね。
みんなで一緒に畑を田植えしないといけなかったりして、
協力しないと生きていけなかったよね?
今は協力しなくても生きていけるよね?
田植えだってコンバインとか機械がやってくれるし、
おじいさんが山に芝刈りに行っている間に
おばあさんが川で洗濯しなくても、
洗濯機に入れたらやってくれてしまう時代。
つまり我慢をする必要がなくなってきている時代。
なんで我慢を教えなくちゃいけないの?
子供が夢を持って叶えるためには『やりたいことをやること』
時代も国も人間とともに育っている。
昔はやりたいことをやってはいけない時代があった。
それは国家の土台がなかったから。
やりたいことよりも、まずは基礎が必要だった。
でも今は、おじいちゃん、おばあちゃんの時代、
両親の時代を経て、
国家の基礎が出来上がってるんだよね。
そういう時っていうのは先人に感謝して、
次のステージに行くべきだよね。
国家としてもやりたいことをやって行くっていう時代だよね。
子供が夢を持って叶えるために『守るべき社会的ルール』
子供に夢を持たせて叶えてあげることは、
先に進むために必要なことだと感じるのですが、
最低限守らないといけない社会的なルール。
どこまでを社会的ルールにするのか?
この国に住んでいる以上、
法律を守るのは必要です。
「時間を守る」とかは、
別に時間は守らなくてもいいよって思う。
世の中には時間を守らなくて許される人と、
守らなかったら許されない人がいるよね?
守らなくても許される人っていうのは
『価値が高い人』だね。
だから、時間を守りたくないんだったら、
時間を守らなくてもいい価値のある自分に
なっていればいいだけのことだよね。
人は都合に合わせて動くよね?
親だってそうでしょ?
子供との約束は平気で破るくせに、
自分が大好きなコンサートに行くって決めたら
絶対に遅れずに行くとか。
これって自分の都合に合わせてやっているわけだよね?
だから自分が時間を守りたくないんだったら、
価値のある人間になればいいわけだし、
価値が低いんだったら、
時間を守らなければ人の応援はもらえないよね?
夢や努力っていうのは、
それがあるから我慢もできるし、
努力もできるし、協調もできる。
でも夢がなかったら、
努力や我慢の意味がないよね。
だから、子供に我慢しろとか、
時間を守れっていうんじゃなくて、
夢があるなら時間も守る。
もし、自分がアイドルになりたいって思っていて、
オーディションがあるときに、
早く起きなさいって言わなくても
起きて行くよね?
だって本人がアイドルになりたいんだから。
だから、やりたいことをやったほうがいいよって
僕は言ってるんだよね。
子供が夢を持って叶えるためには『協調性は必要ない』
昔は協調しないとダメだったし、
我慢しないと「村八分」っていって干されたわけでしょ?
だから「やりたい」とか「やりたくない」じゃなくて、
そうしないと生きていけなかったんだよね。
今はそうしなくても生きていける時代に、
我慢しろって言われても無理でしょ?
例えば
「食べ物を残しちゃいけません」
って言ったって、
世の中、レストランとかで残しまくってるでしょ?
じゃあ、残さずに全部食べたら、
今の時代どうなる?
病気になるよね。
ということは飽食の時代の考え方と、
食べ物がない時代の考え方では一緒じゃないよね。
時代は変わってるんだから。
「ものを残さずに食べなさい」って言ったら、
とんでもないことになる。
これは生産性が上がっているからなんだよね、
単純に。
食べ物を生み出す力(生産力)が上がっているから、
残さず食べたら、病気になる。
需要に対して供給が少ない頃っていうのは
食べ物を大切にしないとダメだよね。
今からの時代は『夢を叶える力のある子供』が必要!
個々の人に求められる能力が時代によって変わってきてる。
今の時代は
「夢をかなえる力を持っている子供」
の方が強いってこと。
僕は夢というのは「小さな欲求だ」っていつも言ってます。
例えば、「ハーゲンダッツ食べたい」とか言ったら、
食べるためにどんなアクションをするかってことだよね。
お母さんに食べたいって言うのか、
「こんなのを食べるのは贅沢だ」って言われるのをわかっているから、
言葉に出さないでいるのか。
ここに差が出る。
で、夢を叶える子供っていうのは、
「食べたい」って言葉に出す子ですよ。
親が反対しても万引きしてでも食べたいって思うのか、
お金持ちの友達の子のところに行って食べさせてもらうのか。
これが欲求で、それを育てるのが親でしょ?
子供が夢を持って叶えるためには『やる気にさせること』
逆に言えば、子供はやる気になればなんでもするんですよ。
本気になれば、困難は乗り切るんですよ。
だから、
『やる気を育てて、その気にさせて本気にさせればいい!!』
親は、子供がやる気になったのに、
わざわざやる気を奪ってるからね。
「この子は全くやる気がない」ってね。
僕からしたら、
「いやいやあんたがやる気を奪ってるでしょ?」
って思う。
協調性とか、時間を守るとか、
友達との約束を守るとか、
子供は必要だと感じたなら、
子供自然にちゃんとやって行くよ。